2009-11-07

平和構築とジェンダー・ジャスティス

*Peace Building and Gender Justice, they tended to be ignored. like Korea, China, and other asian nations, Japanese old army did sexual abuses. Indonesian Army also did in East Timor. but there is non justice.

先日、東ティモールにおけるジェンダージャスティスに関するイベントに行ってきました。
マヌエラさんは公演前に少しお話ししたのですが、とても気さくな方でした。
ただその目には様々なケースを見てきた重み、そしてやさしさに溢れている方でした。
メモを共有致します。


平和構築とジェンダー・ジャスティス
~東ティモールにおける女性への暴力と正義の行方~
マヌエラ・ペレイラさん講演会

【概要】
東ティモールにおける人権侵害の歴史を日本軍の行った慰安婦問題、インドネシア軍の性暴力を中心に東ティモールからのゲスト、マヌエラさんを囲んで考えました。

【感想】
東ティモールでも日本軍が 多くの女性を慰安婦として徴用した。戦後、社会の偏見から喋ることが出来ない人も多くいた。また被害女性の中には、日本軍の協力者として刑を受けたものもいた。正義はどこへいったのか?また日本人として、中国や韓国の事例は知っていたが、東ティモールでも行われていたことを初めて知った。私は国家中心に考える人間ではないので、ビデオの中で女性が言っていた通り「日本人」よりも「国家」としての日本に責任があり、償いをしなければならないと思う。
ただ国家を今作っているのは「私たち」であり、現在も東南アジアへの買春ツアーなどが行われ、多くの女性が犠牲になっている現状をとめられていない。
*先日、HV/AIDSのイベントで現役のSex Workerの方の話を聞き、仕事として、Positiveな意味でのSex Workerへの理解は出来る。ただ全てがPositiveそして自主的ではなく、強制的に従事させられている状況もあるのだと思う。

前々から感じていたことだが、平和構築の上で「和解」は行えないこともある。部外者が語るほど物事は簡単ではないし、人間には相手を許すにはつらいこともある。部外者は美化した物語を好む。
必ずしも正義の追求と平和(和平という意味)の達成は両立しえないのではないか?正義を追求すれば、対立が生じる。

【内容】
*一部抜粋
*完全では記録ではないです。

[背景説明]フルサワさん
*企画メンバーは10年前に東ティモールの選挙に関わっていた。

東ティモールは16世紀以降、外国占領があった。その外国占領期に女性に対する暴力があり、またそれらに政治の裁きがあったのかをみる。 ポルトガル、日本軍、ポルトガル、独立運動後にインドネシアに占領。
1999年にスハルト政権崩壊後、インドネシア大統領ハビビによって住民投票が行われ、独立への向かう。
インドネシア国軍など治安関係者による抵抗勢力関係者と一般女性へのレイプ
*日本軍も同じ様なことをした。
インドネシア軍人による助成の性奴隷化 インドネシア政権下において派遣された教師によるレイプetc ケース 家族から「お前が拒めば、家族や村人が殺される」と言われ、その後、性奴隷とされた。ただ独立後、村人たちから「汚い女」と蔑まれた。(村人からの懇願もあって、そうなったのに・・・人間不信になる人も多かった)
住民投票では「特別自治」に関する投票であり、反対となった。(独立支持)
住民投票時の状況(治安管理の主体) インドネシア国軍→駐留継続)(中立を守ると「約束」)
インドネシア警察→協定上の治安管理主体
国連平和維持軍→派遣無し (インドネシアが拒否)
国連文民警察官→派遣
国連ボランティア→派遣
武装勢力の兵力削減などの取り決めもなかった。
国連は不干渉を勧告 →東ティモール民族解放戦線のみが実行
選挙後、インドネシア国軍と反独立派民兵による虐殺、レイプ
西ティモールの住民の強制移送
西ティモールでも両者の対立から悲劇が続く

*人道に対する罪はどう裁かれているのか?
これまでのユーゴなどの法廷でも有罪例は少ない。
インドネシアに関して、性暴力で有罪判決は一件もなし。

受容真実和解委員会(CAVR)
真実探求  
 人権侵害調査、公聴会、報告書作成 コミュニティにおける和解集会
約1400人の元民兵との和解 →西ティモールからの帰還と社会復帰
*レイプは重大犯罪なので対象外
被害者支援  
 被害者を癒し励ますワークショップ

正義の崩壊  
ホルタ大統領の恩赦(2008年)  
 1999年関連で服役していたほぼ全ての囚人を釈放。
 この目的は逮捕されていた大統領関係者の釈放と言われていた。
グズマン首相の「政治的判断」(2009年)  
 8月警察が逮捕した元民兵指導者を密かに釈放。背後にインドネシア側による要求。拒否すれば、選挙10周年記念式典へのインドネシア側要人の参加取りやめを示唆。 グスマン首相の優先事項に被害女性の救済は含まれていない。
*ここで「戦争をどう裁くか」(ETV)を視聴 第二次世界大戦の戦時性暴力が裁かれていないことが現在の戦時性暴力の拡大に繋がっている。
ジェンダー正義を求める女性コーカス」が主催。

[講演] マヌエラさん
マヌエラさんの経験を共有。
かつて、マヌエラさんは東ティモール女性連絡協議会という団体にいた。
International Center for Transitional Justice(ICTJ)に現在は務めている。
正義の問題に関して過去の事件を調べ、説明責任を求めるという活動をしている。
政治的指導者に対する提言活動も行っている。 他にも様々な国でITCJは活動している。(ソロモン諸島、インドネシア、ビルマなど)
制度が整い、データはたくさん集まっているが、政治的な意志がなく、恣意的な判断により政治が実行されていない。
東ティモールは長きにわたる外国占領があり、その犠牲者の状況を共有。

ポルトガル時代  
様々な差別的な政策が行われた。  
キリスト教、ポルトガル語 →それによって教育を受けられる人と受けられない人が発生。
非植民地化プロセス  
紛争が発生したが、現在に至るまで何ら解決策は提示されていない。
日本軍による占領  
国家による性暴力の犠牲者に対する支援は何もない。  
被害者には高齢者が多く、なくなった方も多い。また被害者ということでの差別も多く受けた。  
子どもが被害者ということで面倒を見てくれないという事例もあった。
1999年の暴力  
障害者になった人もいるが、政府は何もしない。  
女性に関して言えば、一家での稼ぎ手である夫が殺され、収入がなくなったという人もいる。(教育を子どもに受けさせることが出来ない。)  
セラピーなど支援がなく精神的に追いつめられている性暴力の被害者も多い。  
インドネシア兵との間に出来た子どもに対しても誰も支援をもらえない。
また親の認定が出来なければ、子どもの登録が出来ず、国民として登録が出来ていない。 (兵士達が自分の情報を教えてインドネシアに帰国する人はいない。)

拷問中に発生する強姦、また夫が森でゲリラをしている場合、見せしめとして集団にて強姦するというケースもあった。
政府の姿勢 東ティモール政府は「未来志向」政策を掲げ、被害者救済は行わない。このことに関して、被害者女性は憤慨している。 その一方で政府はゲリラとして関わった兵士を英雄として賞賛し、年金のような資金の支給があった。  
政府も社会的弱者への支援は始めているが、性暴力被害者への支援なく、周縁化が発生している。保健分野でも海外での国民が医療を受けるための支援もある。(東ティモールでは医療は無料だが、質が良くない。)ただ資金が限られており、退役軍人が優先的に支援を受けている。  

政治的意思の欠如には政治家の中に裁きを受ける可能性があるものがいて、エリート層が互いに庇いあっている。
教会  言葉の上では良いことを言うが、正義の問題ではアクションがみえない。
政府も教会に対して財政的な支援を行い、教会指導者の口封じを行っている。

市民社会の行動  
NGOの被害者支援は低調気味(予算の獲得が困難)だったが、近年、政府の姿勢の悪化からNGOの活動は回復してきている。  
NGOの戦略としてNGOが話すのではなく、被害者自身に組織化と発信を担ってもらうようにしている。  
被害者グループにセラピー活動やアドボカシーの方法を提供したりしている。  
NGOの中の議論として、政府の社会連帯賞からの支援が得られないというのがある。

結論  
正義の実行がなければ、悲劇は繰り返される。  
暴力に対する正義の場が作られてこなかった。

*ビデオの視聴
日本軍占領下の女性への性暴力 中立を宣言するポルトガル、オーストラリアとオランダが軍を東ティモールに上陸。
→日本軍はこれを口実にティモールに侵攻。
日本はティモール島を3年(5年?)にわたり占領。
慰安所が作られ、ティモール人、インドネシア人、韓国人、華僑が連れてこられた。
「給仕」と仕事内容を偽って連れてこられた。 地元の有力者の家を徴用し、保安所とした。
日本軍はオーストラリア軍を追い出したところまではよかったがすぐに制空権、制海権を抑えられた。
よって食料が得られなくなり、慰安婦に与える食べ物を与えられなくなった。 日本軍の性暴力は戦後の極東裁判では、東ティモール(ポルトガル領)では、連合軍兵士への虐待は裁きがあったが、現地人への虐待に関しては裁きがなかった。
この背景には当時、独裁政権化のポルトガルが連合軍の介入を拒んだのではないかとしている。
性暴力被害者も戦後、帰ってきたポルトガル軍によって「日本軍協力者」として尋問を受けた。水も与えられず、地面に出来た水たまり 被害者の声「兵士達は自分たちの意思で来た訳ではない、日本政府によって来た。よって日本国政府にしっかり責任を問ってほしい。」

+質疑応答
インドネシア側から出来ることはあったのか?
→インドネシアのNGOとの連携はある。東ティモールで犯罪を行った軍人は、他の地域でも人権侵害をしている可能性があり、協力することは重要。現在はコントラス(失踪者捜索NGO)という団体と協力している。 *彼らは大統領選挙に犯罪を起こした高級将校がメガワティと組んで出馬した際に投書活動などしている。

東ティモール重大犯罪法廷と真実和解委員会の関係は?
→真実和解委員会は規定によって、重大犯罪は取り扱えないということになっている。真実和解委員会は重大でないと思われる犯罪を扱う。(放火、暴行) レイプや殺人は裁判が管轄。 *そもそも真実和解委員会は司法プロセスとして考えられていない。コミュニティレベルで扱えるものであり、加害者、住民が同意したときのみ。 情報の共有は限定的だが両者間であったが、それを使って報告書を作成することは出来ない。

日本ではジェンダー・ジャスティスという点で男性の巻き込みが課題。東ティモールにおける男性参加状況はどうか?
→スローガンでは男女平等が言われているが、プログラムでは男性を参加させることは難しい。真実和解委員会では、男性が多く働いている。ただ女性被害者のために、女性のスタッフやチームを作って対応をした。被害者会議の場合に男性の参加者が多かった。司令部としては女性が動くが、草の根では男性の参加が高い。
→男性が関わることで、自分の家族に方向性が向き、被害者が家族内から発見することがある。 紛争の被害者の周辺化に対応して、何か支援をしていますか? →被害者と退役軍人のギャップは広がる一方。退役給付金とともに、家なども支援されている。その一方で、被害者には家がない。医療アクセスも退役軍人はインドネシアでも受けることができるが、被害者にはない。政府は「独立」によって、全て報われたと考えてほしいと言っている。 NGOはロビーやアドボカシーなどで対応している。被害者と政府の橋渡しも行っている。

(声を届ける場の設定) トラウマや心のケアに関してどのようなことをしているか?ICTJはどうか?
→カウンセリングや付き添いをしていたが、今は被害者組織が出来ているので、所得向上などに移行している。継続的に行われているものはなかった。ICTJは被害者で回復したピアエデュケーション的なことをしたい。南アフリカのマイケル・ラクシラー氏を招聘してプログラムを行う。
*マイケル・ラクシラー氏は南アフリカの牧師で、爆発で自らの手を失い、その後、その障害を乗り越えた人物。

コミュニティプロファイリング(被害者の組織化)はしているのか?
→どうゆう人権侵害がそのコミュニティで行われたかをファイルとして残すのだが、データは公開されていないので、ICTJは見れていない。ただ聞き取りでわかったことは、真実和解委員会に全て話しているわけではないし、話した内容の結果が公開されている訳でもない。被害者同士の聞き取りがよいのではないかと思う。

メディアが果たす役割は?統制は?人権は安全保障の二の次になっているか?
→東ティモールのメディアは独立メディアとはまだ言えない。テレビは政府のプログラムの発表ばかり。ジャーナリストも中立的とは言えない。またジャーナリスト達の能力の問題もあり、彼らにはこうしたことに関心がないということもある。アウトプットしても誤った情報であったり少ないニュースであったりするので、今後、メディアの成長も課題。ジャーナリストの価値観も問題。東ティモールでは仕事がなく、またジャーナリストの給与が低い、その背景には仕事がない若者がジャーナリストになるという傾向がある。よって社会に対して挑発的な内容であることが多い。

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